【第7章 世界をベクトルで読む】 7-1 社会は欲望ベクトルの集合体

本書では、人間を「欲望ベクトルによって動く存在」として考えてきた。

欠乏を感じる。
欲望が生まれる。
その方向へ行動する。

この単純化によって、人間行動の多くを理解できると考えている。

そして、この視点は個人だけでなく、社会全体にも適用できる。

本書の視点では、社会とは「欲望ベクトルの巨大集合体」である。

社会には、無数の人間が存在する。

金を求める人。
愛情を求める人。
承認を求める人。
権力を求める人。
知識を求める人。

それぞれが異なる方向へ動いている。

つまり社会とは、無数の欲望ベクトルが交差し、衝突し、協力しながら形成される動的構造なのである。

経済もそうである。

人々が欲しいものを求める。
不足を埋めようとする。

その交換によって市場が成立する。

つまり経済とは、「欲望ベクトル交換システム」である。

政治も同じである。

安全が欲しい。
豊かになりたい。
自由が欲しい。
支配されたくない。

これらの集団的欲望が、政治構造を形成する。

つまり国家とは、「集団化された欲望ベクトル」の調整装置なのである。

さらに、本書で述べてきたように、人間は比較する。

すると欲望が増幅される。

もっと上へ。
もっと豊かに。
もっと認められたい。

この比較構造が、文明を加速させる。

つまり文明とは、「欲望増幅システム」でもある。

ここで重要なのは、社会には「完全な静止状態」が存在しにくいという点である。

なぜなら人間の欲望が止まらないからである。

技術が進歩する。
すると新しい不足が生まれる。

経済が成長する。
すると新しい比較が生まれる。

つまり人類社会は、「欠乏→欲望→行動→新しい欠乏」という循環を続けている。

これは個人でも同じである。

目標を達成する。
しかし脳は慣れる。
すると新しい不足を探し始める。

つまり社会全体もまた、「終わらない欲望運動」をしているのである。

また、社会には「欲望の方向差」も存在する。

安定を求める人。
自由を求める人。
平等を求める人。
競争を求める人。

これらのベクトルは、しばしば衝突する。

つまり政治対立や思想対立も、「欲望ベクトルの方向差」として理解できる。

完全な自由を求めれば、格差が拡大しやすい。

完全な平等を求めれば、競争エネルギーが低下しやすい。

つまり社会とは、「異なる欲望ベクトル間の均衡点」を探し続けるシステムでもある。

さらに現代では、SNSやAIによって、欲望ベクトル同士の接触速度が極端に上昇している。

比較が増える。
承認競争が増える。
情報刺激が増える。

その結果、人類社会全体が加速し続けている。

つまり現代文明とは、「超高速化した欲望ネットワーク社会」なのである。

本書の視点では、社会とは単なる制度ではない。

それは、

欠乏、
欲望、
比較、
承認、
恐怖、

によって動く、巨大なベクトル構造なのである。

そして人類史とは、その無数のベクトルが衝突し、協力し、形を変え続ける歴史なのである。

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