3-3 SNS時代の欠乏感度

現代社会では、人間の欠乏感度はかつてないほど刺激されている。

その最大の要因の一つが、SNSである。

人類の歴史の大部分において、人間の比較対象は極めて限られていた。

家族。
近所。
村。
学校。
職場。

比較範囲は狭かった。

しかし現在では、スマートフォンを開けば、世界中の人間の情報が流れ込んでくる。

美しい人。
成功した人。
金持ち。
若い才能。
幸せそうな家族。
豪華な旅行。
理想的な恋愛。

脳は、それらを自動的に比較対象として処理する。

ここで重要なのは、人間の脳は「現実」と「画面上の演出」を完全には区別できないという点である。

SNSでは、多くの人が「最も魅力的な部分」を切り取って見せている。

しかし脳は、それを他人の平均状態として認識しやすい。

すると、人間は常に不足を感じ始める。

自分はまだ足りない。
もっと成功しなければ。
もっと美しくならなければ。
もっと評価されなければ。

つまりSNSとは、巨大な欠乏増幅装置なのである。

本書の視点では、欲望は欠乏から生まれる。

そして比較が、その欠乏感度を増幅する。

SNS時代では、この比較が24時間止まらない。

しかも比較対象は、地域社会ではなく世界規模である。

かつてなら、一生出会わなかったような超高所得者、超美形、超才能人材が、毎日視界へ入ってくる。

その結果、人間の脳は、「自分は平均以下ではないか」という感覚を持ちやすくなる。

これは、若者ほど強く影響を受けやすい。

なぜなら、自己価値基準がまだ不安定だからである。

現代の若者が、

承認不安、
容姿不安、
将来不安、
比較疲労、

を抱えやすい背景には、この巨大化した比較社会が存在している。

さらにSNSは、脳の報酬系とも深く結びついている。

「いいね」が来る。
通知が来る。
フォロワーが増える。

すると脳は、小さな承認報酬を受け取る。

これは、ギャンブルの報酬系に近い構造を持っている。

いつ反応が来るかわからない。
だから何度も確認する。

つまりSNSは、

承認欲求、
比較、
報酬系、

を極めて効率的に刺激するシステムなのである。

その結果、人間は以前よりも「他人の視線」を強く意識するようになる。

どう見られるか。
どう評価されるか。
魅力的に見えるか。
負けていないか。

つまり現代社会では、「他者評価ベクトル」が肥大化している。

一方で、SNSには文明加速効果もある。

知識共有。
学習機会。
新しい出会い。
表現機会。

これらも大きく増えた。

しかしその代償として、人間の脳は、終わりのない比較空間へ投げ込まれている。

人類の脳は、本来これほど巨大な比較環境を想定して進化していない。

そのため現代人は、

満たされにくい。
不安になりやすい。
承認に依存しやすい。

という状態へ向かいやすくなっている。

つまりSNS時代とは、人類史上最大級に「欠乏感度」が増幅された時代なのである。

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