人間の脳は、なぜ満足しにくいのだろうか。
なぜ、ある程度成功しても、さらに上を目指してしまうのか。
本書の視点では、その背景には「比較」と「報酬系」の構造がある。
人間の脳は、本質的に「差」を検出する装置である。
より良いもの。
より高い地位。
より魅力的な相手。
より多くの資源。
それらを見つける能力は、生存や繁殖に有利だった。
そのため、人間の脳は、「もっと上が存在するか」を常に探索するよう進化してきた。
つまり、人間は「満足維持型」の脳ではなく、「探索継続型」の脳を持っているのである。
ここで重要なのは、脳は「慣れる」という点である。
かつて欲しかったものを手に入れても、それが日常化すると刺激は弱くなる。
新しい家。
高収入。
地位。
恋人。
名声。
最初は強い快感を与える。
しかし脳は徐々にそれを「普通」として処理し始める。
すると、新しい不足が生まれる。
もっと上へ。
もっと強く。
もっと豊かに。
もっと評価されたい。
つまり、人間の欲望には終点が存在しにくい。
本書で述べているように、欲望は「欠乏ベクトル」である。
しかし、人間の脳は、満たされた瞬間に新しい欠乏を発見する。
そのため、文明は止まらない。
技術進歩も、経済成長も、競争も、「まだ足りない」という感覚によって加速され続ける。
ここでSNS時代は、この傾向を極端に強化している。
かつて人間は、近所や地域共同体の中で比較していた。
しかし現代では、世界中の「最上位」が常に視界へ入る。
世界的成功者。
超富裕層。
超美形。
若い天才。
理想化された生活。
すると脳は、「自分はまだ低い位置にいる」と感じやすくなる。
重要なのは、脳は「統計的現実」を理解していないという点である。
SNSには極端な成功例が集中する。
しかし脳は、それを「普通に存在する世界」として錯覚しやすい。
その結果、現代人は、以前よりもはるかに満足しにくくなっている。
そして、この構造は承認欲求とも強く結びついている。
より認められたい。
より注目されたい。
より価値ある存在と思われたい。
しかし、上にはさらに上が存在する。
そのため、人間は終わりのない比較へ入り込みやすい。
もちろん、この構造には文明加速効果もある。
競争があるから努力が生まれる。
努力があるから技術が進歩する。
進歩があるから文明は発展する。
つまり「もっと上を見続ける脳」は、人類文明を発展させてきた原動力でもある。
しかし同時に、それは人間を永遠に満たされなくする。
人類は豊かになった。
便利になった。
安全になった。
それでも不安は消えない。
なぜなら脳は、「今あるもの」よりも、「まだ手に入っていないもの」に注意を向けるよう作られているからである。
つまり人間とは、「もっと上」を探し続ける存在なのである。