経済とは何だろうか。
一般には、
金、
市場、
企業、
投資、
労働、
などが経済として語られる。
しかし本書では、経済をもっと単純な構造として考える。
経済活動の本質とは、「欠乏の交換」である。
人間は、一人では必要なものをすべて作れない。
食料が欲しい。
住居が欲しい。
衣服が欲しい。
安全が欲しい。
つまり、人間は常に不足を抱えている。
その不足を埋めるために、人間同士が価値交換を始めた。
これが経済の原型である。
本書の視点では、経済もまた欲望ベクトルの相互作用として理解できる。
欲しいものがある。
相手にも欲しいものがある。
その交換によって経済が成立する。
つまり経済とは、「欠乏を埋めたい」という無数の欲望ベクトルが交差する場なのである。
ここで重要なのは、「価値」は絶対的ではないという点である。
砂漠では水が高価になる。
寒冷地では燃料が重要になる。
飢餓状態では食料が最優先になる。
つまり価値とは、「どれだけ不足しているか」によって決まる。
本書で言う「欠乏感度」は、経済にも深く関係している。
人間は、不足を強く感じるものに高い価値を与える。
つまり経済とは、「人間の欲望の可視化」でもある。
さらに現代経済では、生存だけではなく、
快適性、
承認、
優越感、
自己表現、
まで商品化されている。
高級ブランドは、その典型である。
服そのものの機能だけなら、もっと安価なもので十分な場合も多い。
しかし人間は、
価値ある存在に見られたい。
成功者として認識されたい。
他人との差を示したい。
という欲望を持つ。
つまり現代経済は、「承認欲求市場」でもある。
また、本書で繰り返し述べてきたように、人間は比較する。
他人より豊かでありたい。
他人より成功したい。
他人より高い地位を得たい。
この比較欲望が、経済競争を加速させる。
つまり経済成長とは、「比較による欠乏増幅」の結果でもある。
さらに現代社会では、広告産業がこの構造を利用している。
広告は、「不足」を作り出す。
まだ足りない。
もっと必要だ。
もっと良いものがある。
その感覚を脳へ植え付ける。
つまり現代経済とは、「欠乏創造システム」でもある。
ここで重要なのは、経済活動は「合理性だけ」で動いているわけではないという点である。
人間は感情で動く。
不安。
欲望。
期待。
承認欲求。
株式市場ですら、人間心理によって大きく変動する。
つまり経済とは、「人間の脳の集団運動」でもある。
恐怖が広がれば暴落する。
期待が広がれば高騰する。
これは、無数の欲望ベクトルが相互作用している状態なのである。
また、経済活動には終点が存在しにくい。
なぜなら、人間の欲望には限界がないからである。
十分豊かになっても、
もっと欲しい。
もっと安全に。
もっと快適に。
もっと自由に。
という新しい欲望が生まれる。
そのため経済は、永遠に拡大し続けようとする。
つまり資本主義とは、「欠乏を燃料として増殖するシステム」とも言える。
本書の視点では、経済とは単なる金の流れではない。
それは、
不足、
欲望、
比較、
承認、
によって駆動される、人類文明の巨大な欲望ネットワークなのである。