【第5章 文明は欲望でできている】 5-1 科学技術は欠乏から生まれる

人類文明は、なぜここまで発展したのだろうか。

なぜ人間は、道具を作り、機械を発明し、都市を築き、宇宙へまで進出しようとしているのか。

本書の視点では、その根底には「欠乏」が存在している。

人間は、不足を感じる。

寒い。
重い。
遠い。
遅い。
不便だ。
苦しい。

その不満が、「もっと便利にしたい」という欲望ベクトルを生む。

つまり科学技術とは、欠乏を減らそうとする人類の試みなのである。

火の使用もそうだった。

寒さを減らしたい。
肉を消化しやすくしたい。
夜を明るくしたい。

その欲望が、火を文明へ変えた。

農業も同じである。

食料不足を減らしたい。
安定して生きたい。

その欠乏が、定住文明を生み出した。

さらに産業革命も、

もっと速く。
もっと大量に。
もっと効率よく。

という欲望から発展した。

つまり文明史とは、「不足との戦い」の歴史でもある。

本書で述べてきたように、人間は欠乏によって動く。

そして文明とは、その欠乏を集団的に解決しようとするシステムなのである。

ここで重要なのは、科学技術は「満足」からは生まれにくいという点である。

現状で十分満足しているなら、人間は大きな努力をしない。

不便を感じる。
不満を感じる。
限界を感じる。

だからこそ、新しい技術が求められる。

つまり欠乏とは、文明の燃料でもある。

また、人間の知識欲そのものも、「未知への欠乏」として理解できる。

なぜ空は青いのか。
宇宙はどうなっているのか。
生命とは何か。

こうした疑問も、「分からない」という不足感から生じている。

つまり科学とは、「未知を埋めたい」という欲望ベクトルなのである。

ここで現代社会の特徴は、技術が新しい欠乏を次々に生み出すという点である。

スマートフォンがない時代、人間はスマートフォン不足を感じていなかった。

しかし一度便利さを知ると、それが「普通」になる。

すると、

もっと速く。
もっと便利に。
もっと高性能に。

という新しい欲望が生まれる。

つまり科学技術は、欠乏を解消する一方で、新しい欠乏も作り出しているのである。

これはインターネットやAIでも同じである。

情報不足を減らした。
作業効率を上げた。

しかし同時に、

もっと速く。
もっと便利に。
もっと賢く。

という新たな期待が生まれる。

人間の脳は、慣れる。

そのため、技術進歩そのものが「新しい普通」を作り出す。

すると、以前は十分だったものが、不十分に感じられるようになる。

つまり文明とは、「欠乏を解決しながら、新しい欠乏を作り続けるシステム」でもある。

また、科学技術競争には、承認欲求や性的選択も関与している。

発明したい。
認められたい。
歴史に名を残したい。
価値ある存在になりたい。

つまり科学技術は、純粋理性だけで動いているわけではない。

そこには、

欠乏、
承認欲求、
競争、
好奇心、

など、人間の欲望全体が関与している。

本書の視点では、文明とは「欲望ベクトルの巨大集合体」である。

科学技術もまた、その一部なのである。

人間は不足を感じる。
だから発明する。
発明すると新しい不足が生まれる。
その不足が、さらに文明を進める。

つまり文明は、「終わらない欠乏」の上に成立しているのである。

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