芸術は、なぜ存在するのだろうか。
音楽。
絵画。
文学。
舞踊。
建築。
これらは、人間が生き延びるために絶対必要というわけではない。
食料のように直接生命を維持するわけでもない。
それにもかかわらず、人類は古代から芸術を生み出し続けてきた。
本書の視点では、その背景には「性的選択」が深く関与している。
人類は、単に生存するだけでなく、「選ばれる競争」を行ってきた。
より魅力的な個体。
より価値ある個体。
より知的な個体。
そうした存在が、異性から選ばれやすかった。
ここで重要なのは、人間の性的選択は極めて高度化しているという点である。
人間は単なる身体能力だけで配偶者を選ばない。
知性。
感性。
創造性。
ユーモア。
文化性。
こうした抽象的能力にも強く反応する。
つまり芸術能力は、「高度な脳機能」の表現として機能してきた可能性がある。
実際、音楽や絵画を生み出す能力は、生存だけを考えれば過剰とも言える。
しかし、その過剰さこそが価値信号になる。
余裕がある。
知能が高い。
創造性がある。
感情表現能力が高い。
つまり芸術とは、「自分の価値を示すシグナル」として機能してきたのである。
進化生物学では、これを「ハンディキャップ原理」に近い形で説明することがある。
つまり、「生存に必須ではない高度能力」を示せる個体ほど、高い能力を持つ証明になる。
人間の芸術も、ある意味ではその一種と考えられる。
実際、歴史上の芸術家や音楽家は、多くの場合、強い魅力を持つ存在として扱われてきた。
有名な音楽家。
詩人。
俳優。
画家。
彼らはしばしば、性的魅力とも結びついてきた。
つまり芸術とは、単なる娯楽ではない。
それは、人類の性的選択システムと深く結びついた文明活動なのである。
また、本書で述べてきたように、人間は「承認」を求める。
芸術にも、承認欲求が強く関与する。
認められたい。
感動させたい。
記憶されたい。
価値ある存在として残りたい。
つまり芸術とは、
性的選択、
承認欲求、
自己表現、
が重なり合った行動でもある。
さらに現代では、SNSによって芸術そのものも比較空間へ入った。
再生数。
フォロワー数。
評価。
ランキング。
芸術は以前より巨大な承認競争へ巻き込まれている。
その結果、
より目立つもの、
より刺激的なもの、
より拡散されるもの、
が強く求められるようになった。
つまり現代芸術は、「承認市場化」も進んでいるのである。
しかし一方で、人間が芸術を求める理由は、単なる性的選択だけでは説明し切れない。
人間は、美そのものに強く反応する。
音に感動する。
色彩に感動する。
物語に涙する。
これは、人間の脳が高度な感情処理能力を持っていることを示している。
つまり芸術とは、人類の高度化した脳が生み出した「感情文明」でもある。
それでもなお、その根底には、
魅力を示したい。
価値を示したい。
他者に強い印象を残したい。
という欲望ベクトルが存在している。
本書の視点では、芸術もまた、「選ばれたい」という人間の深い欲望と結びついた文明現象なのである。