4-4 なぜ先進国ほど子供が減るのか

一般に、人は「豊かになれば子供を育てやすくなる」と考えやすい。

しかし現実には、多くの先進国で出生率は低下している。

これは一見矛盾しているように見える。

医療は発達した。
食料も豊富である。
衛生環境も良い。
乳幼児死亡率も低い。

それにもかかわらず、子供は減っていく。

なぜこのようなことが起こるのだろうか。

本書の視点では、その背景には、「文明発展による欲望構造の変化」が存在している。

かつて子供は、生存戦略だった。

労働力になる。
老後保障になる。
家を維持する。
共同体を守る。

さらに、乳幼児死亡率が高かった時代には、「多く産むこと」自体が合理的だった。

つまり、子供を持つことには強い現実的意味があったのである。

しかし先進国では、この構造が大きく変化した。

子供は「労働力」ではなく、「高コスト存在」へ変化した。

教育費。
住宅費。
習い事。
大学進学。
時間的負担。

現代社会では、子供一人に非常に大きな資源が必要になる。

つまり文明が高度化するほど、「子供の質」への要求が上昇するのである。

ここで重要なのは、人間は比較社会の中で子育てを行っているという点である。

他人の家庭を見る。
教育環境を見る。
経済格差を見る。

すると、

中途半端には育てたくない。
十分な環境を与えたい。

という感覚が強くなる。

つまり現代人は、「子供を産むこと」よりも、「理想的に育てること」を重視しやすくなっている。

その結果、出生数は減少する。

さらに先進国では、個人自由の価値が極めて高くなる。

旅行したい。
趣味を楽しみたい。
キャリアを維持したい。
自由時間を持ちたい。

しかし子育ては、大量の時間とエネルギーを必要とする。

そのため、人間は無意識に、

自由を維持するか、
子育てを選ぶか、

という比較を行うようになる。

これは特に女性に強く影響しやすい。

現代女性は、教育、仕事、経済的自立を獲得した。

その結果、「結婚しなくても生きられる社会」が成立した。

すると、

理想的な相手がいないなら結婚しない。
無理に子供を持たなくてもよい。

という選択が現実化する。

つまり文明発展は、「子供を持たない自由」も生み出したのである。

また、先進国では「快適性」への基準も高い。

生活水準を下げたくない。
不自由になりたくない。
精神的余裕を失いたくない。

そのため、子供を持つことによる負担が強く意識されやすい。

つまり先進国では、「生存」よりも「生活の質」が優先されるようになる。

本書の視点では、これは欠乏構造の変化でもある。

貧しい社会では、「生きること」が中心課題だった。

しかし豊かな社会では、

自己実現、
承認、
快適性、
理想的生活、

への欲望が強くなる。

すると、子育ては「巨大なコスト」として認識されやすくなる。

さらに現代では、SNSによって理想家庭像が可視化される。

理想的な教育。
理想的な母親。
理想的な生活。

その結果、人間は「十分にできないなら持たない方がよい」と感じやすくなる。

つまり先進国ほど出生率が低下するのは、単なる経済問題ではない。

文明発展によって、

比較、
自由、
理想上昇、
自己実現欲求、

が極端に増大した結果なのである。

人類は豊かになった。

しかしその豊かさは、人間の欲望構造そのものを変化させた。

そしてその変化が、少子化という形で現れているのである。

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