7-2 衝突するベクトル

人間社会では、なぜ対立がなくならないのだろうか。

なぜ人は争うのか。
なぜ意見が分かれるのか。
なぜ国家同士も衝突するのか。

本書の視点では、その理由は単純である。

人間は、それぞれ異なる欲望ベクトルを持っているからである。

人は皆、同じ方向を向いているわけではない。

自由を求める人もいる。
安定を求める人もいる。
平等を重視する人もいる。
競争を望む人もいる。

つまり、人間社会とは、方向の異なるベクトルが同時存在する空間なのである。

そのため、衝突は本質的に避けられない。

例えば経済でも、

もっと自由競争を、
もっと再分配を、

という二つの方向が存在する。

前者は「成長ベクトル」を重視する。
後者は「安定ベクトル」を重視する。

どちらにも合理性がある。

つまり対立とは、「善悪」だけではなく、「欲望方向の違い」でもあるのである。

恋愛でも同じである。

自由でいたい。
しかし愛されたい。

独占したい。
しかし束縛されたくない。

人間は、内部にも矛盾したベクトルを持っている。

つまり人間は、「自分自身の中でも衝突している存在」なのである。

国家も同じである。

安全保障。
経済利益。
領土。
資源。

国家はそれぞれ異なる欲望ベクトルを持つ。

すると、その方向が衝突する。

つまり戦争とは、「巨大化したベクトル衝突」である。

ここで重要なのは、ほとんどの人間は「自分が正しい」と感じているという点である。

なぜなら、人間は自分の欲望ベクトルを「当然」と感じやすいからである。

自由を重視する人には、自由制限が異常に見える。

平等を重視する人には、格差容認が残酷に見える。

つまり対立とは、「異なる価値ベクトルの自然衝突」とも言える。

本書では、世界を単純化して理解しようとしている。

その視点では、

宗教対立、
政治対立、
国家対立、
家庭内対立、

ですら、「欲望方向の違い」として統一的に見ることができる。

また、本書で繰り返し述べてきたように、人間は比較する。

比較は欲望を増幅する。

すると、

もっと欲しい。
負けたくない。
支配されたくない。

という感情が強くなる。

つまり比較社会では、ベクトル衝突も激化しやすい。

さらに現代では、SNSによって衝突が可視化・増幅されやすくなっている。

怒り。
承認。
敵対。
集団化。

これらが高速で拡散する。

つまり現代社会では、「感情ベクトル衝突」が以前より巨大化しているのである。

一方で、人類文明は、「ベクトル衝突制御システム」でもある。

法律。
民主主義。
外交。
市場。
道徳。

これらは、「完全な衝突」を避けるために作られてきた。

つまり文明とは、「欲望を消す仕組み」ではない。

それは、「異なる欲望ベクトル同士を、共存可能な範囲へ調整する仕組み」なのである。

しかし完全な一致は存在しない。

なぜなら人間は、それぞれ異なる欠乏感度を持つからである。

つまり人類社会とは、本質的に、

異なる欲望ベクトルが、
永遠に衝突し続ける世界

なのである。

そして文明とは、その衝突を完全に止めることではなく、「壊滅しない範囲で均衡させ続ける試み」なのである。

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