人間は、欲望によって動いている。
本書で繰り返し述べてきたように、
知識欲、
性欲、
承認欲求、
権力欲、
などは、すべて「欠乏から生じる行動ベクトル」である。
つまり欲望とは、人間の行動エネルギーそのものなのである。
では、その欲望を失うとどうなるのだろうか。
本書の視点では、人は「止まり始める」。
ここで言う「止まる」とは、単なる身体停止ではない。
世界へ向かうベクトルが弱くなるのである。
何にも興味がない。
誰にも会いたくない。
何も知りたくない。
何も求めない。
この状態では、行動エネルギーが急速に低下する。
実際、抑うつ状態では、
意欲低下、
快感低下、
興味喪失、
がよく見られる。
これは単なる気分の問題ではない。
脳の「欲望システム」が弱くなっている状態とも言える。
つまり人間は、「欲望ベクトル」が弱くなると、外界へ向かわなくなるのである。
ここで重要なのは、欲望は「苦しみ」でもあるという点である。
不足を感じる。
比較してしまう。
もっと欲しくなる。
つまり欲望は、人間を不安定化させる。
しかし逆に言えば、その不安定さこそが、人間を動かしている。
人類文明は、「満足した人間」だけではここまで発展しなかった。
もっと知りたい。
もっと便利にしたい。
もっと認められたい。
もっと豊かになりたい。
この不足感が、文明を前進させてきた。
つまり欲望とは、人類の推進力でもある。
一方で、完全に欲望が消えた世界を想像すると分かりやすい。
競争しない。
恋愛しない。
学問を追求しない。
発明しない。
そこでは争いも減るかもしれない。
しかし同時に、
芸術、
科学、
経済、
文明発展、
も停止しやすくなる。
つまり欲望とは、「人類を不安定にする力」であると同時に、「人類を前進させる力」でもあるのである。
また、本書で述べてきたように、欲望には方向性がある。
性欲へ向かう人。
知識へ向かう人。
芸術へ向かう人。
承認へ向かう人。
つまり人間は、「どの方向へ欲望を持つか」によって人生が決まる。
そして、そのベクトルが消える時、人は停止へ近づく。
高齢者でも、
恋愛したい。
学びたい。
美しくありたい。
誰かと話したい。
という欲望を持つ人は、全体として活力を維持しやすい。
逆に、
何にも興味がない。
何もしたくない。
という状態では、生命エネルギーそのものが低下しやすい。
もちろん、人間には休息も必要である。
欲望が暴走すれば、
依存、
過労、
競争疲労、
も生まれる。
つまり重要なのは、「欲望を消すこと」ではなく、「どう扱うか」である。
本書の視点では、人間とは「欲望ベクトルの集合体」である。
そして、生きるとは、そのベクトルが世界へ向かい続けることでもある。
つまり欲望を失う時、人は単に静かになるのではない。
世界との接続そのものが弱くなり始めるのである。