5-6 宗教と欲望制御

人類は、なぜ宗教を作ったのだろうか。

歴史を見れば、宗教はほぼすべての文明に存在している。

神。
天国。
地獄。
戒律。
祈り。

形は違っても、人類は常に「超越的存在」を求めてきた。

本書の視点では、宗教の大きな役割の一つは、「欲望制御」にある。

本書で繰り返し述べてきたように、人間は欠乏によって動く。

もっと欲しい。
もっと認められたい。
もっと支配したい。
もっと快感を得たい。

この欲望ベクトルは、人間社会を発展させる。

しかし同時に、放置すれば社会を不安定化させる。

暴力。
略奪。
嫉妬。
性的競争。
権力闘争。

つまり文明には、「欲望を完全には消さず、しかし暴走もしないよう制御する仕組み」が必要だったのである。

その役割の一部を担ったのが宗教だった。

宗教は、

欲望を抑えよ。
他人を傷つけるな。
奪うな。
節制せよ。

と教える。

つまり宗教とは、「集団維持のための欲望制御システム」として機能してきたのである。

特に重要なのは、性欲制御である。

性欲は極めて強力なベクトルである。

だからこそ、多くの宗教は、

婚姻制度、
姦通禁止、
性的規範、

を重視してきた。

なぜなら性的競争が無制限化すると、共同体が不安定化しやすいからである。

また、宗教は「比較欲望」の制御にも関与してきた。

人間は比較する。

もっと金を。
もっと地位を。
もっと承認を。

しかし比較欲望には終点がない。

そこで宗教は、

足るを知れ。
欲望を減らせ。
精神的価値を重視せよ。

と教える。

つまり宗教とは、「無限化する欲望ベクトル」に対するブレーキでもあった。

ここで重要なのは、人間の脳は不安定を嫌うという点である。

死が怖い。
未来が不安だ。
孤独が怖い。

宗教は、この不安にも意味を与える。

死後世界。
神の意志。
救済。

これらは、「理解不能な不安」を整理する心理的システムとしても機能してきた。

つまり宗教とは、

欲望制御、
不安制御、
共同体維持、

を同時に行う文明装置だったのである。

さらに宗教には、「承認欲求の転換」という役割もある。

本来、人間は他者承認を求める。

しかし宗教では、

神に認められたい。
徳を積みたい。
精神的価値を高めたい。

という方向へ欲望ベクトルを転換させる。

つまり宗教とは、「欲望を消す」のではなく、「方向を変えるシステム」として理解できる。

一方で、宗教そのものも人間社会である以上、欲望から完全には自由ではない。

権力。
支配。
集団競争。

これらが宗教組織内部で発生することもある。

つまり宗教もまた、人間の欲望構造の上に成立している。

さらに現代社会では、宗教の影響力が低下した地域も多い。

しかし欲望そのものは消えていない。

その結果、現代では、

SNS承認、
消費主義、
自己実現主義、

が、新しい「欲望管理システム」になりつつある。

つまり人類は、宗教的価値観が弱くなっても、別の形で欲望を調整し続けているのである。

本書の視点では、宗教とは単なる迷信ではない。

それは、

暴走しやすい人間の欲望を、
共同体維持可能な範囲へ制御するための文明装置

として理解できるのである。

そして文明とは、欲望を完全に消すことなく、欲望と秩序の均衡を模索し続ける歴史でもあるのである。

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