かつて人間は、極めて狭い世界の中で生きていた。
村。
地域。
職場。
学校。
比較対象は限られていた。
自分の位置も、その共同体の中で決まっていた。
しかし現代では、その構造が完全に変化した。
インターネットとSNSによって、人間は世界中の人々と同時につながるようになった。
これは文明史的に見ても、極めて大きな変化である。
本書で繰り返し述べてきたように、人間の脳は比較を行う。
そして比較は、欠乏感度を増幅する。
問題は、現代ではその比較対象が「世界規模」になったことである。
かつてなら、一生出会わなかったような存在が、毎日画面に現れる。
超富裕層。
世界的成功者。
圧倒的美形。
若い天才。
理想化された恋愛。
完璧に見える家庭。
人間の脳は、それらを自動的に比較対象として処理してしまう。
ここで重要なのは、脳は「統計的現実」を正確には理解していないという点である。
SNSには、極端に成功した人、魅力的な人、刺激的な人生が集中する。
しかし脳は、それを「世界の平均像」と誤認しやすい。
その結果、人間は、
自分はまだ足りない。
もっと上へ行かなければ。
もっと価値を持たなければ。
と感じやすくなる。
つまり現代社会では、「比較空間」が無限化しているのである。
これは恋愛や結婚にも大きく影響している。
昔は、地域共同体の中で配偶者を探すことが多かった。
しかし現代では、SNSやマッチングアプリによって、比較対象が無数に存在する。
すると人間は、
もっと良い相手がいるかもしれない。
もっと魅力的な人がいるかもしれない。
と考えやすくなる。
その結果、「今ある関係」に満足しにくくなる場合がある。
つまり比較対象の拡大は、欲望そのものを巨大化させる。
これは経済活動でも同じである。
以前なら十分豊かだった人でも、世界の超富裕層を見ると不足を感じる。
十分魅力的な人でも、世界最高レベルの美を見続けると劣等感を持つ。
つまり現代文明は、人間の欠乏感度を世界規模で刺激しているのである。
ここで重要なのは、この構造には文明加速効果もあるという点である。
世界中の優れた情報を見ることで、
学習速度、
技術発展、
競争力、
は大きく向上した。
つまり世界規模比較は、人類文明を加速させている。
しかし同時に、人間を永遠に満足しにくくしている。
なぜなら、「上」が無限に存在するからである。
村社会では、ある程度の位置に到達すれば満足できた。
しかし世界規模比較では、終点が存在しない。
常にさらに上が見える。
その結果、人間は、
もっと成功したい。
もっと評価されたい。
もっと魅力的になりたい。
という終わりのない欲望ベクトルを持ち続ける。
つまり現代社会とは、人類史上初めて、「全人類が同時比較空間へ入った時代」なのである。
そして、その巨大化した比較構造が、恋愛、経済、承認欲求、少子化、精神的不安定にまで深く影響を与えているのである。