性欲は、しばしば「生命力」と結びつけて語られる。
実際、人は、
性欲が強い人を見ると、
活力がある、
若々しい、
エネルギッシュである、
という印象を持つことが多い。
逆に、
何にも興味がない。
欲望がない。
他者への関心がない。
という状態には、「生命エネルギーの低下」を感じやすい。
では、性欲とは本当に生命力なのだろうか。
本書の視点では、ある意味ではそうである。
なぜなら性欲とは、「他者へ向かう強い欲望ベクトル」だからである。
性欲が存在するということは、
快感を求める。
他者を求める。
魅力を感じる。
接触したい。
認められたい。
という脳の反応性が残っていることを意味する。
つまり、「世界に対する反応エネルギー」が維持されているのである。
実際、老化や抑うつでは、
欲望低下、
興味低下、
行動意欲低下、
がよく見られる。
これは単なる性機能低下ではない。
脳全体のベクトル活動が弱くなっている状態とも言える。
逆に、高齢でも、
恋愛したい。
美しくありたい。
異性に興味がある。
性的刺激に反応する。
という人は、全体として活力を維持していることが少なくない。
もちろん、性欲だけで生命力を完全に説明することはできない。
知識欲が強い人もいる。
芸術欲求が強い人もいる。
社会参加欲求が強い人もいる。
しかし共通しているのは、「外界へ向かうベクトル」が存在していることである。
つまり生命力とは、「世界に向かうエネルギー」として理解できる。
その中でも、性欲は特に強力で原始的なベクトルである。
なぜなら、それは生殖という、生物最大の目的と結びついているからである。
進化の歴史の中で、生殖行動を強く求める個体ほど、遺伝子を残しやすかった。
その結果、人類の脳には極めて強力な性的報酬系が形成された。
つまり性欲とは、生物学的に「生き続けろ」「遺伝子を残せ」という巨大な圧力の表現でもある。
ただし、ここで重要なのは、「性欲が強い=人格的に優れている」という意味ではないということである。
本書では、善悪や道徳を論じているのではない。
ここで述べているのは、「行動エネルギーの強さ」である。
性欲が強い人は、性的価値への欠乏感度が高い。
そのため、その方向への反応性や行動エネルギーが大きい。
つまり、本書の単純化モデルでは、性欲とは「生命ベクトルの強さ」の一表現として見ることができる。
もちろん、そのベクトルは、人によって方向が異なる。
ある人は恋愛へ向かう。
ある人は芸術へ向かう。
ある人は知識へ向かう。
ある人は権力へ向かう。
しかし、人間が生きている限り、何らかのベクトルは存在する。
完全にベクトルを失った状態とは、世界への反応そのものが消失した状態である。
つまり、生きるとは、何かを求め続けることでもある。
そして性欲とは、その中でも最も根源的な生命ベクトルの一つなのである。