一般に、人は「高齢になると性欲はなくなる」と考えがちである。
しかし実際には、それほど単純ではない。
確かに加齢によって、身体機能は変化する。
男性では、
テストステロン低下、
血流低下、
勃起機能低下、
射精量減少、
などが起こる。
女性でも、
閉経、
女性ホルモン低下、
潤滑低下、
などの変化が起こる。
そのため、若年期と同じ形での性的活動は減少しやすい。
しかし重要なのは、「性欲そのもの」が完全に消失するとは限らないという点である。
実際、高齢でも、
異性に関心を持つ。
恋愛感情を持つ。
性的興奮を感じる。
親密性を求める。
人は少なくない。
つまり、性欲とは単なる若年者の現象ではない。
それは、「他者へ向かう欲望ベクトル」の一形態なのである。
本書の視点では、性欲とは、欠乏感度の表現でもある。
性的関心があるということは、
美を感じる。
魅力を感じる。
親密性を求める。
快感を求める。
という脳の反応性が維持されていることを意味する。
つまり、高齢でも性欲があるということは、「脳のベクトル活動」が残っているとも言える。
実際、老年医学では、
好奇心、
社会参加、
恋愛感情、
他者への関心、
などが維持されている高齢者は、全体として活力が高いことが多い。
逆に、
何にも興味がない。
誰にも会いたくない。
欲望が消失している。
という状態では、認知機能低下や抑うつが関与している場合もある。
もちろん、性欲の強さには大きな個人差がある。
若い頃から性欲が弱い人もいる。
高齢でも強い性欲を持つ人もいる。
また、文化や宗教、人生経験によっても大きく変化する。
しかし、人類全体として見れば、性欲は極めて根源的な生命エネルギーの一つである。
だからこそ、高齢になっても完全には消えない場合がある。
人間の脳は、「生殖年齢」が終わったからといって、簡単に欲望システム全体を停止するわけではない。
むしろ、
他者とつながりたい。
認められたい。
愛されたい。
という欲望は、高齢になっても残り続ける。
そして性欲は、その一部として存在している。
現代社会では、高齢者の性欲はしばしば軽視される。
しかし実際には、高齢者施設や介護現場でも、恋愛や性的感情は存在する。
これは異常ではない。
人間が「欲望ベクトルを持つ存在」である以上、高齢になっても、その方向性の一部は残り続けるのである。
もちろん、性欲は人を苦しめることもある。
孤独、
配偶者喪失、
身体機能低下、
社会的抑圧。
これらによって葛藤が生じることも多い。
しかし、それでもなお、高齢者に性欲が存在するという事実は、人間が最後まで「他者へ向かう存在」であることを示している。
つまり性欲とは、単なる若さの象徴ではない。
それは、人間が生き続けようとする根源的ベクトルの一つなのである。