6-6 欲望を失う時、人は止まる

人間は、欲望によって動いている。

本書で繰り返し述べてきたように、

知識欲、
性欲、
承認欲求、
権力欲、

などは、すべて「欠乏から生じる行動ベクトル」である。

つまり欲望とは、人間の行動エネルギーそのものなのである。

では、その欲望を失うとどうなるのだろうか。

本書の視点では、人は「止まり始める」。

ここで言う「止まる」とは、単なる身体停止ではない。

世界へ向かうベクトルが弱くなるのである。

何にも興味がない。
誰にも会いたくない。
何も知りたくない。
何も求めない。

この状態では、行動エネルギーが急速に低下する。

実際、抑うつ状態では、

意欲低下、
快感低下、
興味喪失、

がよく見られる。

これは単なる気分の問題ではない。

脳の「欲望システム」が弱くなっている状態とも言える。

つまり人間は、「欲望ベクトル」が弱くなると、外界へ向かわなくなるのである。

ここで重要なのは、欲望は「苦しみ」でもあるという点である。

不足を感じる。
比較してしまう。
もっと欲しくなる。

つまり欲望は、人間を不安定化させる。

しかし逆に言えば、その不安定さこそが、人間を動かしている。

人類文明は、「満足した人間」だけではここまで発展しなかった。

もっと知りたい。
もっと便利にしたい。
もっと認められたい。
もっと豊かになりたい。

この不足感が、文明を前進させてきた。

つまり欲望とは、人類の推進力でもある。

一方で、完全に欲望が消えた世界を想像すると分かりやすい。

競争しない。
恋愛しない。
学問を追求しない。
発明しない。

そこでは争いも減るかもしれない。

しかし同時に、

芸術、
科学、
経済、
文明発展、

も停止しやすくなる。

つまり欲望とは、「人類を不安定にする力」であると同時に、「人類を前進させる力」でもあるのである。

また、本書で述べてきたように、欲望には方向性がある。

性欲へ向かう人。
知識へ向かう人。
芸術へ向かう人。
承認へ向かう人。

つまり人間は、「どの方向へ欲望を持つか」によって人生が決まる。

そして、そのベクトルが消える時、人は停止へ近づく。

高齢者でも、

恋愛したい。
学びたい。
美しくありたい。
誰かと話したい。

という欲望を持つ人は、全体として活力を維持しやすい。

逆に、

何にも興味がない。
何もしたくない。

という状態では、生命エネルギーそのものが低下しやすい。

もちろん、人間には休息も必要である。

欲望が暴走すれば、

依存、
過労、
競争疲労、

も生まれる。

つまり重要なのは、「欲望を消すこと」ではなく、「どう扱うか」である。

本書の視点では、人間とは「欲望ベクトルの集合体」である。

そして、生きるとは、そのベクトルが世界へ向かい続けることでもある。

つまり欲望を失う時、人は単に静かになるのではない。

世界との接続そのものが弱くなり始めるのである。

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