本書では、「能力」を単なる知能や技術として限定していない。
人間を動かすもの全体を、より単純な構造として捉えようとしている。
その視点から見ると、性欲の強さも、一つの能力として理解できる。
もちろん、ここで言う能力とは、「人格的に優れている」という意味ではない。
善悪の話でもない。
本書で言う能力とは、
「どれだけ強く反応し、どれだけ行動エネルギーを生み出すか」
という意味である。
本書で繰り返し述べてきたように、人間は欠乏によって動く。
そして、欠乏感度には個人差がある。
性的刺激に強く反応する人もいる。
比較的弱く反応する人もいる。
つまり性欲の強さとは、「性的欠乏感度」の強さとして理解できる。
性的価値を強く感じる。
異性に強く反応する。
親密性を求める。
快感を求める。
その結果、強い行動ベクトルが生まれる。
本書のモデルでは、この「反応性そのもの」を能力として見ている。
なぜなら、人間は強く反応する対象に対して、巨大な行動エネルギーを発生させるからである。
実際、性欲は人類文明に極めて大きな影響を与えてきた。
より魅力的になりたい。
より成功したい。
より認められたい。
その欲望が、
競争、
経済活動、
芸術、
自己装飾、
を加速させてきた。
つまり性欲とは、単なる性行為への欲望ではない。
それは「他者へ向かう強力な生命ベクトル」なのである。
ここで重要なのは、本書では「性欲が強い=優れている」と単純には言っていないという点である。
性欲が強い人は、
行動力、
競争力、
エネルギー、
を持つ場合がある。
しかし同時に、
執着、
依存、
衝動性、
も強くなりやすい。
逆に、性欲が弱い人は、比較的安定した精神状態を持つ場合もある。
つまり本書は、善悪評価ではなく、「ベクトル強度」の問題として見ている。
また、性欲の方向性は、人によって異なる。
恋愛へ向かう人。
性的快感へ向かう人。
承認へ向かう人。
芸術へ転換する人。
仕事へ転換する人。
つまり性欲は、さまざまな文明活動へ変換され得る。
実際、歴史上の多くの創造活動には、性的エネルギーの転換が関与している可能性がある。
これは精神分析学でも古くから議論されてきた。
本書では、それをより単純化して、
「強い欲望ベクトルは、別方向へも巨大エネルギーを供給できる」
として理解している。
さらに、本書の視点では、「世界へ強く反応する能力」そのものが重要である。
何にも反応しない。
何にも興味がない。
何も求めない。
この状態では、行動エネルギーは生まれにくい。
逆に、性欲が強いということは、「他者」「快感」「魅力」に対して脳が強く反応している状態である。
つまりそれは、「世界への反応性」が高いとも言える。
本書では、人間を単純化して理解しようとしている。
その中では、
知識欲、
承認欲求、
性欲、
権力欲、
はすべて、「人間を動かすベクトル」として扱われる。
そして性欲もまた、その中の極めて強力な一つなのである。
つまり性欲の強さとは、本書のモデルでは、「生命ベクトル強度」の一形態として理解できるのである。