人間の欲望の中でも、性欲は極めて強力なものである。
歴史を見ても、恋愛、結婚、不倫、嫉妬、権力争い、芸術、戦争に至るまで、性は人間社会に巨大な影響を与えてきた。
なぜ性欲はこれほど強いのだろうか。
生物学的に言えば、その理由は比較的明確である。
性欲は、生殖を促進するために存在している。
もし性行為に快感がなければ、多くの生物は積極的に繁殖行動を取らなくなる。
そのため、生物は進化の過程で、「性行為に強い快感を与える脳」を獲得した。
つまり性欲とは、生殖行動へ向かわせるための、生物学的誘導装置なのである。
しかし、人間の性欲は、単なる繁殖本能だけでは説明できない。
人間は、子供を作る目的がなくても性的興奮を起こす。
恋愛感情。
空想。
映像。
会話。
雰囲気。
知性。
権力。
美しさ。
人間では、極めて抽象的な情報ですら性的刺激になり得る。
これは、人間の性欲が「脳依存型」へ高度化していることを意味している。
つまり、人間の性欲は、単なる反射ではない。
脳が「価値ある対象」と認識したものに対して発生する、強力な欲望ベクトルなのである。
本書の視点では、性欲もまた、「欠乏」から生まれる。
性的対象への不足感。
親密性への不足感。
快感への不足感。
承認への不足感。
これらが組み合わさり、人間の内部に強い方向性を生む。
性欲が強い人は、性的価値に対する感受性が高い。
つまり、「性的欠乏感度」が高いのである。
そのため、異性や性的刺激に対する注意力が強くなる。
恋愛に強く反応する。
美に敏感になる。
魅力競争に参加する。
他者評価を気にする。
人類社会における、
装飾、
化粧、
ファッション、
地位競争、
経済活動、
などの一部は、性的選択と深く結びついている。
つまり性欲は、単なる個人的欲望ではなく、文明全体を動かす巨大なエネルギー源でもある。
実際、人類史では、
より魅力的に見られたい。
より価値ある存在として認識されたい。
より多くの異性に選ばれたい。
という欲望が、社会競争を加速させてきた。
権力欲や成功欲ですら、深い部分では性的選択と結びついている場合がある。
もちろん、人間は理性を持つ。
そのため、性欲を抑制したり、別の方向へ転換したりすることもできる。
しかし、それでも性欲が文明に与えてきた影響は極めて大きい。
人間社会を理解する上で、性欲は避けて通れない中心的ベクトルなのである。