1-3 ベクトルとしての欲望

本書では、欲望を「ベクトル」として考える。

ベクトルとは、本来、方向と大きさを持つ概念である。

人間の欲望も同じである。

どこへ向かいたいのか。
どれほど強く求めているのか。

欲望には、この二つが存在する。

つまり、人間は単に「欲望を持つ存在」ではない。
「方向性を持った欲望」によって動く存在なのである。

金を求める人もいる。
名誉を求める人もいる。
愛情を求める人もいる。
知識を求める人もいる。
権力を求める人もいる。

それぞれ、欲望の方向が異なる。

さらに、その強さも異なる。

同じ金銭欲でも、生活費程度を求める人もいれば、巨大な富を求め続ける人もいる。

同じ承認欲求でも、身近な人から認められれば満足する人もいれば、世界中から注目されたい人もいる。

つまり、人間とは、「さまざまな方向へ向かう複数のベクトル」を内部に持つ存在なのである。

そして、そのベクトル同士は常に競合している。

例えば、

仕事をしたい。
しかし休みたい。

成功したい。
しかし失敗は怖い。

結婚したい。
しかし自由も失いたくない。

人間は、このような矛盾したベクトルを同時に持ちながら生きている。

その結果として、「迷い」が生まれる。

また、人間社会とは、個人同士のベクトルが相互作用する場でもある。

協力とは、ベクトルの方向が一致することである。

対立とは、ベクトルの方向が衝突することである。

恋愛ですら、互いの欲望ベクトルの一致によって成立する。

逆に、方向性がずれると関係は壊れる。

国家も同じである。

国家は、一つの巨大な意思を持つ存在ではない。

無数の人間の欲望ベクトルが集まり、妥協し、衝突しながら形成される流動的な構造体である。

戦争もまた、巨大化したベクトル同士の衝突として見ることができる。

さらに現代社会では、SNSや情報化によって、人間のベクトルは絶えず刺激されている。

他人の成功を見る。
他人の幸福を見る。
他人の富を見る。

すると、自分の内部に新しいベクトルが生まれる。

もっと欲しい。
もっと認められたい。
もっと上へ行きたい。

比較は、新しい欲望ベクトルを作り出す。

現代文明とは、巨大なベクトル増幅装置でもある。

しかし同時に、人間はベクトルを失うと急速に衰える。

何もしたくない。
何にも興味がない。
誰にも会いたくない。

この状態では、行動エネルギーが消失する。

老化や抑うつでは、この「ベクトルの減衰」がしばしば見られる。

逆に、高齢でも、

知りたい。
恋愛したい。
認められたい。
美しくありたい。

というベクトルを持つ人は、生命力が維持されやすい。

つまり、生きるとは、ベクトルを持ち続けることでもある。

人間は、欲望ベクトルによって動く存在なのである。

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