7-5 幸福とは何か

人間は、なぜ生きるのだろうか。

そして、人間は何を求めているのだろうか。

多くの人は、「幸福になりたい」と答える。

しかし幸福とは何なのか。

本書でここまで述べてきたように、人間は欠乏によって動く。

不足を感じる。
欲望が生まれる。
それを追い求める。

つまり人間は、「まだ足りない」という感覚によって前進している。

ここで問題になるのは、人間は欲望を達成しても、長くは満足しにくいという点である。

本書で繰り返し述べてきたように、脳は慣れる。

欲しかったものを手に入れる。
しかし次第にそれが普通になる。

すると再び、

もっと欲しい。
もっと上へ。

という新しい欠乏が生まれる。

つまり人間とは、「満足維持型」ではなく、「欲望更新型」の存在なのである。

では、人間は永遠に幸福になれないのだろうか。

本書の視点では、幸福とは「欲望消失状態」ではない。

むしろ、

過剰な欠乏感に支配されず、
自分の欲望ベクトルと調和して動けている状態

として理解できる。

人間は完全に欲望を失えば、停止へ向かう。

しかし欲望が暴走すれば、

比較疲労、
承認依存、
終わらない不足感、

に苦しむ。

つまり幸福とは、「欲望ゼロ」でも「欲望暴走」でもない。

その中間に存在している。

ここで重要なのは、人間の幸福には方向性があるという点である。

ある人は、

知識追求、
芸術、
恋愛、
共同体、
仕事、

に幸福を感じる。

つまり幸福とは、「どの欲望ベクトルに意味を感じるか」の問題でもある。

本書では、人間を単純化して理解しようとしている。

その視点では、幸福とは、

「自分のベクトルが、強制ではなく自然に世界へ向かえている状態」

とも言える。

好きだから学ぶ。
好きだから作る。
好きだから愛する。

この状態では、人間は比較的自然にエネルギーを発生できる。

一方、現代社会では、この幸福構造が崩れやすい。

SNSによる比較。
承認競争。
終わらない理想上昇。

その結果、人間は、

本当に自分が望んでいるのか、
他人に認められたいだけなのか、

分からなくなりやすい。

つまり現代社会では、「欲望の他人化」が起こりやすいのである。

また、本書で述べてきたように、文明は欲望増幅システムでもある。

もっと便利に。
もっと豊かに。
もっと魅力的に。

しかし、その加速の中で、人間は「十分」を失いやすい。

つまり現代文明は、人間を豊かにした一方で、「満足しにくい脳状態」を作り出している。

ここで本書が重視するのは、「幸福=完全満足」ではないという点である。

人間は、本質的に欠乏する存在である。

だから学ぶ。
だから愛する。
だから作る。
だから文明が動く。

つまり幸福とは、「欠乏が完全消失した静止状態」ではない。

それは、

適度な欲望を持ちながら、
世界との接続を感じ、
自分のベクトルを生きられている状態

なのである。

本書の視点では、人間とは「欲望によって動く存在」である。

そして幸福とは、その欲望ベクトルが、

比較地獄へ飲み込まれず、
他者承認だけにも支配されず、
自分自身の方向性として世界へ向かえている状態

として理解できるのである。

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