【まえがき】 人間はなぜ動くのか 欲望を「ベクトル」として見る視点

人間はなぜ動くのか 欲望を「ベクトル」として見る視点

人間は、なぜ動くのだろうか。

なぜ人は努力するのか。
なぜ競争するのか。
なぜ恋愛するのか。
なぜ文明を発展させるのか。

そして逆に、なぜ人は苦しむのか。

本書は、この極めて根本的な問題を、「欲望」という視点から考えようとする試みである。

一般に、人間社会は非常に複雑に見える。

経済。
政治。
恋愛。
戦争。
芸術。
宗教。

それぞれ別の現象のように見える。

しかし本書では、その根底に共通する構造が存在すると考える。

それが、「欠乏」である。

人間は不足を感じる。

足りない。
欲しい。
もっと近づきたい。

その不足感が、人間を動かす。

つまり欲望とは、「欠乏によって生じる方向性」である。

本書では、この方向性を「ベクトル」という言葉で表現する。

人間は静止した存在ではない。

常に何かへ向かっている。

知識へ。
愛情へ。
承認へ。
権力へ。
快感へ。
平穏へ。

つまり人生とは、「どの方向へ進むか」の連続なのである。

本書では、人間を「欲望ベクトルによって動く存在」として理解しようとする。

そして社会とは、その無数のベクトルが交差し、衝突し、協調する巨大構造であると考える。

この視点を用いると、

恋愛も、
経済も、
戦争も、
芸術も、

統一的に見ることができる。

例えば経済とは、「不足を埋めたい」という欲望ベクトルの交換である。

戦争とは、「集団化された欲望ベクトル同士の衝突」である。

芸術とは、「価値を示したい」という欲望ベクトルの表現でもある。

つまり文明とは、「欲望ベクトルの巨大ネットワーク」として理解できるのである。

また、本書では、「能力」についても独自の視点を取る。

一般には、能力というとIQや記憶力が重視される。

しかし本書では、

強く反応できること、
長く興味を持てること、
執着できること、

そのものも能力として考える。

なぜなら、人間は興味を持てる方向にしか、本気では進み続けられないからである。

つまり能力とは、「ベクトルの強さと持続性」の問題でもある。

さらに本書では、現代社会の問題も、この視点から考えていく。

SNSによる比較。
承認依存。
少子化。
AI時代。
孤独。
幸福の喪失。

これらもまた、「欲望ベクトルの変化」として理解できるかもしれない。

もちろん、本書は世界を完全に説明するものではない。

現実はもっと複雑であり、単純化には限界がある。

しかし人間は、複雑すぎる世界を、そのままでは理解できない。

だからこそ、人類は昔から「単純化」を行ってきた。

物理学もそうである。

摩擦を無視し、空気抵抗を無視することで、本質構造を見ようとする。

本書もまた、そのような試みの一つである。

本書が提示したいのは、「最終回答」ではない。

むしろ、

人間とは何か。
文明とは何か。
幸福とは何か。

を、別の角度から見直すための「視点」である。

人間は、なぜ動くのか。

その問いへの一つの仮説として、本書ではこう考える。

人間は、「欠乏する存在」だから動くのである。

そして文明とは、その欠乏ベクトルが集まり、加速し続ける巨大運動なのかもしれない。

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