はじめに 美とは何か

「美しい」とは何を意味するのでしょうか。

日本語には「美しい」と「きれい」という二つの言葉があります。どちらも日常的に使われますが、その使い分けは曖昧であり、ときに重なり合います。「美しい花」「きれいな花」と言えば、どちらも自然に聞こえますし、多くの場合は意味が通じます。しかし、「美しい心」とは言えても「きれいな心」とはあまり言わないように、場面によって使い分けに微妙な差があります。また、「きれい」は外見の整いを強調することが多いのに対し、「美しい」は姿や形だけでなく、音楽や言葉、所作、さらには人の心や行いなど、より広い領域にまで及ぶ傾向があります。

このように、美という言葉は多義的であり、文化や言語によってニュアンスが異なります。だからこそ、何を美しいと感じるのかを論じようとすると、すぐに複雑さに行き当たります。ある人は「性格が良いから心が美しい」と言い、また別の人は「自然の風景が美しい」と言います。しかし、ここで多義的な美をすべて含めてしまうと議論は拡散してしまいます。

そこで本書では、美を「視覚的な美しさ」に限定して考えます。つまり、目で見て「美しい」と感じるものに絞り込み、その本質を探ろうとします。これは人間だけでなく、動物が動物を評価するときの美的感覚、すなわち繁殖や生存に結びつく進化的基盤に直結する領域でもあります。

視覚的な美をめぐる議論は、大きく二つの側面に分けられます。ひとつは、人類に共通する本能的で普遍的な美の要素です。若さ、健康、左右対称性、均整のとれた形態などは、文化を超えて多くの人に共有される美の基準と考えられます。もうひとつは、地域や歴史によって変化する後天的な美の要素です。戦後の日本でふくよかさが豊かさと結びついて美しいとされたこと、現代でスリムさが流行の基準となっていること、西洋で日焼けした肌が健康美とされる一方、日本では色白の肌が美とされることなどは、その典型です。

本書の目的は、この二つの層―普遍的な美と後天的な美―を整理し、対比させながら、美という現象の本質に迫ることです。誰にでも共通する美の基盤がどこにあり、そこに文化や歴史がどのように上乗せされているのかを理解することは、美に対する私たちの感覚をより深く理解する手がかりとなるでしょう。


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